三年坂

伊集院静

ノンフィクション・小説

1992年8月に第一刷、同年12月に3刷目、、20年前執筆の三年坂、皐月、チヌの月、 水澄、春のうららの から成る4編構成。
巻末の解説は何故か、井上陽水氏。 作者の幅広い交友を覗かせる。
宮本甚は銀座の鮨屋で修業した後、母親みずえの夢でもあって鎌倉で独立。 しかし、開店当日にみずえは交通事故で他界。 物語は、みずえの七回忌より、母親への回想録としてはじまる。
山口県の小さな町で生まれた甚は、みずえの薦めで高校から東京へ。 高校を卒業して、これもまた、みずえの薦めで寿司職人の世界へ入る。 三歳で父と死別した甚は、女で一つで姉の道子との姉弟を育てた気丈な それでいて子供にも判る器量良し。
甚は法事が終わって叔母に、「母は生涯独り身であったか」と尋ねる、ところから思わぬ展開が。。
あとがきより抜粋、、、 「私は最近、自分の中に沼のようなものがあるのを感じる時がある。その沼の底に  小さな石が沈んでいる。その石が何かの時に浮上してきて、私の感情を追い立てたり  不安にさせたりする。
私はその石をすくいあげて、自分の手でその肌ざわりをたしかめ、それを伝えることが小説を書く仕事だと思う時がある。そうすれば、もっとも単純でわかりやすい小説が書けるような気がする」
著者は“単純でわかりやすい小説”を目指していた?
、、そう、難解で難しい小説の ほうが 書きやすい、、というのは短絡過ぎて批判を招くのでしょうが、単純でわかりやすくてそれでいて胸を打つ小説は一番難しい、、と思う。
陽水にして、「君子淡交」とは伊集院のことか、と言わしめる答えがこれらの小説に は有る。。
生涯、師と仰いだ、色川武大氏の訃報を聞いた時も明け方から雨、弟を海難事故失く したのも 暴風雨、妻が息を引き取った時も秋雨、、、水に纏わる小説が多いのも頷ける。。
「皐月」…これにもいい女房が出て来る。 少し天然で明るい。 そして男を立てる、、結果的に。。
こういう女性は実にイイ。

大人の流儀

伊集院静

ノンフィクション・小説

2011年3月に初版を出すも2カ月後の5月には、第6刷発行となっていますので 相当数、売れているのでしょうか。
でもホントいいです。 イイ男です。
「あなたは筋を通す大人が、卑しくない男が少なくなった、、と嘆く資格が有りますか?」
大人の「人」として、「男」として、こうあらねばならない論を 春・夏・秋・冬で、人生で起こり得るべき出来事に沿って、また作者が経験した上での 対応方法(仕事、墓参りの作法、食通への苦言、ゴルフの真髄、酒の飲み方 ラブレターの流儀、博打の打ち方、、等々)を回顧録としても、熱く、筋を通して、 しかし解り易く語られています。
かつて毎年、山口瞳さんが新成人に送る言葉を成人式の日の朝刊に連載されていましたが 同じく伊集院流としても、 「新成人の諸君に少し言っておく、、、  自分だけが良ければいいと考えるな。ガキの時はそれも許されるが、大人の男にとって  それは卑しいことだ。
咄嗟にプラットホームから飛び降り、人を救おうとした、あの  韓国人青年の勇気と品格を思い出せ、、」と。。
また、城山三郎氏や吉行淳之介氏の言葉も引いて(個人的にご両名とも大好きです)、 大人の男の生き方、考え方を、まわりくどくなく、ブレず、ピシャリと言ってのけます。
若者が読むも良し、おじさんが読むも良し、また女性が溜め息をつきながら (こんな男がいるのかしら?、、と)読むも良し。
最後の章の “愛する人との別れ”~妻・夏目雅子と暮らした日々 は、長い重い25年の 時間の封印を破って記されました。
「とうとう書いたか、、」と誰もが感じることでしょう。
愛の大きさは、一緒に過ごした時間、一緒に暮らした年月の長さには比例しない、、を 痛いほど感じるのは、この淡々とした文章のせいでしょうか。
当事者のみが可能となる素直すぎる心情の吐露、、数十年の経過が無駄(余計な表現)を全て 削ぎ落とさせたのかと感じます。 、、、伊集院さん、申し訳ありません、こんな薄っぺらな表現しか出来なくて。。 しかし本当の男の優しさ、、、これを持っている人、これを解る人、随分と少なくなりました。

受け月

伊集院静

ノンフィクション・小説

(吉川英治文学新人賞、同文学賞、直木賞、柴田連三郎賞 各賞受賞)

夏目雅子、篠ひろ子の大女優を嫁にした作家。
近藤正彦の「ギンギラギンに、、」等、ヒット曲多数の作詞家でもある、、と書くと何かチャラけた男を想像しそうですが、作品を読むと全くもって、それらが誤解であることが解り、見抜けない?或いは有能な人間への単なるやっかみ?で自分の愚かさに恥じます。
詳細は、私の職務経歴書(宅ふぁいる便)をご覧ください。

http://c.filesend.to/plans/career/body.php?od=110421.html

また、ダイナースがメンバーだけに発行する「Signature」に旅のエッセイ(ゴルフものが多い?)を連載しています。
人生の辛酸をいやというほど味わった者のみぞ持つ本物の洞察力、、、
そして本物の大人の男の優しさ、色香と品格、博学、、全てを持ち合わせた魅力ある作家の一人です。
、、と、前置きが長くなりましたが、チカラの入れ様を感じて戴けましたでしょうか(笑)。。
「受け月」は、7編の野球小説からなる短編集です。
だが、野球小説と侮るなかれ、、人生は「獲得」と「喪失」の歴史であることの実証を、作者が高校、大学で経験した野球を通して綴ります。
人間の魅力、男のダンディズム、を時には端折って読み手に創造させ時には巧みな描写で奮い立たせ、気が付けばいつの間にやら「伊集院ワールド」へ。

第107回直木賞受賞作。
どれをとっても秀逸な短編。
これで納得(感動)出来なかったら、仕事も出来ないヤツかと、、は言い過ぎ?。